花粉のおかげ

今年は本当に花粉が多い。ここ数年沈静化していた花粉症が全開で発症している。鼻が詰まって寝れないのが辛い。夕べは眠れなかったので、ネットで話題になっている「原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~」(NHK現代スクープ)を見ていました。なるほどね。2度の原爆、そして第五福竜丸事件があって、国民の多数が反原子力利用であったのに、実にたくみに誘導されていったのだなぁ。実に良く日本の社会構造、日本人の心理構造が研究されている。これを見ると、関東圏の計画停電でも電力の重要性を印象づけるための伏線や方法がとられていることや政策的に自然エネルギー開発が進まないようにしている意図があることは容易に想像できる。

かつては、せっかく国民の関心が高かったのに、ムードに流されたということなのだろう。将来採掘できるウランがなくなった後まで核廃棄物管理コスト・リスクがかかることや想定外の地震のや津波のことまで考えて選択したとは思えない。反対運動では叫ばれていたはずだが、運動は一人一人がそこまで考える人として成長する機会にはならなかったということなのだろう。米国には、日本人は政策で政治家を選ぶわけではないのもしっかり見抜かれていたし、そういう時代であったのだ。

そう簡単には壊れないと言っていた圧力容器や格納容器まで壊れているらしい。
そしてようやく廃炉という話になった。
ここで歴史に学ばないというか、情報化社会でも同じことを繰り返すのか、あるべき社会を真剣に模索することになるのか。今までは、枠組みを問われる前に枠組みを情報の中に埋め込み、その中での賛成/反対論になってきた。今回はどうなのか。原子力政策を見直しますという政治家はいるだろうけど、それじゃ過去と同じ。反原発を一人一人の成長の機会と捉える方向は目指したことがないだろう。TPP反対も同じことが言える。こうした問題ごとを通して学ぼう、皆が幸せに暮らすにはどうするのかを語り合おうというところへ高まるのかどうか。

従来型の反対運動というのは、問題ごとによって運動自体を成り立たせている。問題ごとを問題にしている要因、本質を問わない。そこを問えば自らも問われるから。でもそれは問題ごとのおかげで運動していることになる。

労働運動もそう。労働条件が過酷で給与も安く、カップラーメンで生活していて大変だといった論調。カップラーメンは安いのか? 給与が上がれば、自炊するのか? 体に悪い食や生活リズムをそのままにして時給を上げることが運動になっている。お金がないなりの暮らし方、健康の維持方法もあるだろう。カップ麺でなく、玄米と味噌汁の方が安くて体に良い。仲間での共同生活や自給菜園・農的生活は精神と心の健康に役立ち、新しい価値観を生むだろう。でも、そんな提案は運動の旗印にはならないだろうな。しかし、実態がどうであれ、時代からは従来型でない世界へのステップアップが問われていると思う。


花粉症も体の本質的な問題について、花粉のおかげで花粉症という形で表現させてもらっている。花粉症を通して、体の本質を知り、改善できるかどうかなのだろう。とりあえず断食が少し改善効果があり、その後普通の食べたら酷くなった。お腹が空いてくると症状は軽くなる。小食だと大人しいみたいだ。花粉症状をガイドに、食べ方や生活リズムを見直して行ってみよう。

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