桿感

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6月29日に刈り取り、6月30日に脱穀した麦わらをハウスのトマトに敷きました。稲藁は割と入手しやすいけど、麦わらは手に入りにくいのです。トマトには麦わらを敷きたい。Happy village farmが小麦をつくっている理由の一つです。

トマトには麦わら、キュウリには稲藁、ナスも麦わらだけど、ピーマンは稲藁かな。土目にも因るけど。
カボチャは稲藁でメロンは麦わら。スイカには稲藁でしょう。
トマトも夏秋栽培は麦わらを敷き、冬春栽培だと稲藁を浅く鋤き込むかな。
黒ボクや細粒黄色土なら麦わら、砂質土なら稲藁とか。

理由。。。。
これは1つの理由でないと思います。ケイ酸植物(きゅうり)は稲藁が合うだろうっていうこと、湿り気を保った方が良い作物や状況では稲藁、分解が遅い方が良い場合は麦わら。地面に光が届きにくいのは稲藁、木漏れ日が入るのは麦わら。こんなイメージがふわふわと湧いて、あぁこの作物にはこっちかなと導いています、たぶん。敷く厚さ、敷くタイミング等状況に依ります。
これは桿だけに直感。科学的というよりアニミズム的感覚。まぁ、実際は試してみないと本当のところは分からないです。

農業というか何事にも、科学的知識や論理的思考(言わばアトミズム)も観察力や感性(アニミズム)もどちらも必要だと思うのです。知識や既存の考え方というのは、間違っている場合もあるかもしれない。目の前で起きている現象をうまく説明できないかもしれない。でもそれは間違っているのではなく、それらの既存の知見や考え方を含むもっと大きな枠組みがあると考える方が自然だと思うわけです。理論や道理というのはへ理屈ではなく、モノゴトを整理し、冷静になるための今ここで組むことのできる足場であって、絶対に不動のものというわけじゃない。むしろ常に革新的であるべきものです。だから既存の考え方が間違っていると考えるのなら否定するのではなく、その本来の位置づけをはっきりさせれば良い。既存の考え方に立った検証を積み上げて行けば、自ずと明らかになる(=自ずから然しむ)だけの話なのにそれをすっ飛ばして否定しようとするのは反自然的です。
一方、観察や感性で湧き上がるイメージや直感というのは知識や思考と無縁のものじゃなく、直感というのは見えない繋がりを見出しているわけなので、そもそも現象・モノゴトに対する最低限の認識(差異や共通点を捉えること)がないところには発生し得ないのです。考えるんじゃなく感じればいいというのは詭弁です。思考と直感は対立するものじゃなく補完されているのです。見た目や上っ面の情報に振り回されるのではなく、モノゴトを見つめ・知り、思考し、表現するときに直感は働くようにできています。知識や思考というのはそのピント合わせが本来の役割とも言えるかもしれません。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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