はじまりはいつも雨

神無月8日上弦。この季節の信州松本にしては珍しく2日続きの雨。

雨は子どもの頃、ずっと不思議だった。雨はどこから来るのかなと。
のちに、知識として、水の循環のことを知った。
氷の小さな粒が雲をつくることや雨雲のこと、調べるとそれはとても面白い世界。

でも、その時に思った。
そのことは、ずっと前から知っていたことだな、と。
雲の種類や雨のでき方も、後々学んだ大気汚染の取り込まれる仕組みも、どんなに複雑な話も、それは確認みたいなもの。

そして、知りたいのは、雨が水であるってことじゃなくて、雨って何なのだろうってことだと思った。

何か、空を廻っているもの。
めぐりめぐって降りてくるもの。

雨は、めぐりの終わりでめぐりの始まり。

想いや言葉、発した声、喜びや希望や怒りや哀しみや恐れや夢や慈しみが空をめぐっている。
雨になって還ってくる。
だから、お帰りなさいなんだな。
意義じゃなくて意味づけもなくて、ただただそのようになっているんだな。

そうやってめぐる想いや行いの、行ってきますとお帰りのなかで、
僕や君のどんな軌跡もまた空を廻って戻ってくるを繰り返し、終わりが始まり。
はじまりはいつも雨。
それは思い出すための時間。

僕たちに出来ることは終わりなきめぐりに自らのあることを知るということ。
それが本当の本来の智慧。
それは良い悪いではなく、自らがそこにあると見出すための働きがヒトを人たらしめている。
智慧の実。
人だから、思考をもつようにできているから、世界にどんな意味でも人生にどんな意義でもつくりだせる。
世界はただ廻るだけだけれど、意味のない人生はないように出来ている。だって人だから。

何かをして得られるものが目的なんじゃなく、何かをすること、悩むことも悩まないことも、人らしくあることが人の生きる目的ともいえる。
ただ廻る世界を愛と言っても良いし、そのなかで喜怒哀楽をもって人という存在があることを愛と言ってもいい。
前者は世界が存在すること自体の奇跡のことであろうし、後者は人の軌跡が縁となって人生を紡いでいく幸いの仕組みのことである。

♪「はじまりはいつも雨」ってASKAの歌があったなって思い出して、検索したら、そのカップリング曲が今日に合うなって思った。You Tubeさまさまだね。この歌の僕と君は、飛鳥さんと誰かのことじゃないね。自分のなかの僕と君でもいいし、コロコロ入れ替わってもいい。空(そら)とか地球と思ってもいいよね。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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