発酵玄米ご飯講習会

今日は、Happy village farmに、静岡県掛川市の城雄二さん、和子(わこ)さんご夫妻をお招きして発酵玄米ご飯(たんじゅん法)の講習会を開いていただきました。発酵玄米ごはん(たんじゅん法)は、長岡式酵素玄米の炊き方を30年以上実践してきた城さんが、311を契機に長岡式を基本にして 、市販の自然塩を焼き塩にして炊くことで、いつでもどこでも発酵玄米ご飯が頂けるようにしたものだそうです。

単なる炊き方講習ではなく、発酵とは何なのか? 命とはどこにあるのか? 物理的な発酵のイメージの裏にある見えないエネルギーの世界の話にまで講義をしていただきました。
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炊き上がった玄米のおいしいこと、おいしいこと。




城さんは投げかけます。

発酵玄米ご飯は、体に良いのか? 美味しいのか?


「体に良い」という発想はどこから来るのか。 それは正しいという発想。ベースとなるのは知識。正しいか正しくないかには正しいデータがあり、それは過去に属するもの。そしてそれは教えてもらって分かること。人間が考えたり、決めたりすることで存在するもの。

「美味しい」とは何か? 美味しいに正しいかどうかはない。それは感じるもの。直観でそのまま答えで、自分で解かり、そして今ここにあるもの。あるけど形ないもの。

データは目に見える。ご飯も目に見えるが、目に見えるご飯は、目に見えない無数の働き合いがもたらして存在しており、無数の働き合いが調和した結果ここにあることを、直観は「美味しい」と判断している。美味しさ、働き合い、縁、出会い、その見えない領域に、物事が組み立っていく作用の本体はあるのに、結果である見える部分だけが存在していると思い込んではいないかっと。

同じように命はどこにあるのか。自然はどこにあるのか。それは人間が決められる領域にはない。

人間ができることは全て仮説、言っていることはすべてヒント。この話も仮説。

それは条件が変われば変わっていくもの。
されど、命が属するところ、美味しさの実体のあるところ、自然、法則は仮説ではない。人間しだいで変わるのではない普遍のもの。
自然をベースするということ、自然に教わるということは、見えない世界が見える世界に転じ、見えるものが見えない世界へと循環する働きに基づくということ。

それが循環の本質…。

循環の本質に基づいて、農も食も医も生活も生き方も見ていくこと。それが真に平和をもたらす生き方となるのではないかと城さん。

この発酵玄米はそんな発想から生まれ、人の心にも体にも本当の生きる力を引き込むものなんだなとわたわたは感じました。それにしても美味しかった。美味しすぎて食べたら思わず涙が出ました(''〃)>

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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