えいがんたん

大晦日は惑星配置を眺めて天に思いを巡らせつつ年越し蕎麦を食べ、紅白ではなく、映画「天地明察」を観ながら年越しでした。北極出地(日本各地から北極星の高度を測定して、その地の位置を測ること)、そして改暦のための暦の見定めに天測と数理をもって天の意志を推し量ろうとする主人公安井算哲とその仲間たちの姿が描かれていました。長年にわたる観測の蓄積に加えて、西洋の地球儀などの新しい文化や知識との出会い通じて、中国から導入した授時暦をそのまま適用すると、経度の差によって時差や近日点のずれが発生することに気づいて、日本独自の暦をつくりあげたのでした。友人の杉山開知くん(地球暦研究家)が地球暦は世界各地の標準時の数だけ必要になってしまうことに気がついたって言っていたことと重なりました。
観測ってすごいなって思ったし、その背景にある数理を読み解こうという姿勢がいいなぁと思いました。わたわたは、だいたいそんな感じって直感山勘フィーリングで捉えがちな人間なので数理は憧れなのでした。

僅かなゆらぎや誤差のなかにこそ、天の意志・仕組みが隠れているんですね。それに気づけるかどうかは、やはり観測や数理に真面目に取り組むことを持ってしか迫れないのでしょう。知識や科学とは人智を越えた天意や天理と対立するものではなく、それに向かい合う人間の手段であり、姿勢のことだと思いました。直感は大事にするとしても、直観・気づきとは姿勢を持ってしかやってこないものでしょう。それは一日にして成るものではなく、普段の不断なる生き様の積み重ねです。どこまで行ってもこの世界は分からないことだらけだけど、分からないことの結び付きによって、世界は既に存在している事実があり、私もそのなかで生かされ、思考してるのだとすれば、その仕組みを理解しようとして、この生を全うすることが思考して生きるものの本来の在り方であろうと思うのです。既存の知識の枠から世界を切りとることではなく、世界をどう捉えるかの枠をつくっては検証し、更新し続けていくことこそ、人類の、科学の役割であろうし、それをリードしていくのが、日々の生活であり、現場で生まれる数々の技術や技芸であると思うのです。だから、世界を前にして自分に出来ること、役割だなと思えること、その精一杯を表現し、実践していくこと、そして結果をいただいていくことだなと思ったのでした。

2年詣では地元の中波田にある諏訪神社へ。
初詣
普段ひとけのない神社がすごい人。なんだが嬉しいなと思いました。

明けて元旦の朝は小雪が舞い、初日の出は拝めずでしたが、9時頃に少し太陽が出たので、太陽と見えない師走朔日の月に手を合わせました。

おせちの後も映画な元旦。「武士の一分」そして「母べえ」。どちらも山田洋次監督作品。
どちらも感想は話し出せばいろいろと出てくるのだけれど、1つだけ。
人間、精一杯生きよう。
良い元旦でした。

今年もよろしくお願いいたします。

コメント

コメントフォーム

  • URL:
  • 本文:
  • password:
  • 非公開コメント:
  • 管理者にだけ表示を許可する

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

わたむすび

最新記事

プロフィール

わたわた

Author:わたわた

わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示

カテゴリ

月別アーカイブ