りすぺくと

わたわた、毎晩少しずつですが、占星術を勉強しています。占星術アプリケーションやネット上のフリーサイトを使うとホロスコープもヘリオセントリックチャートも出せる時代になりましたが、便利だけど、どうもそれでは違う気がするのです。いきなり図だけをみても心が入っていかない。例えば特定の誰かを想ってそれらの図をみると、読み方は拙くても湧いてくるイメージがあり、それを解釈し、言葉で表現することができることもあるけれど、それはとても原始的で粗っぽいなと思います。何かを見定める・絞り込むというのは、本当は連続的でぼやっとしたもの、幅のある色々な関係線の交点が共振しているものを、これっと区切って特定すること。それにはそれ相当の確かさがいると思われるのです。

イメージを湧かせるのは、程度の差は大きいにしても、全ての人間に本来備わっている能力だろうと思うし、それを見定める確かさを求めて、積み上げられてきたものが、西洋にも東洋にもインドにも各地で伝えられてきた占星の体系。

天文学と占星術はもともと1つのものでしょう。星を想い、方位を想い、空と自分とを交互にいったりきたりして、誰かや人々や時代を想ったりして、1つ1つ湧いてきたイメージが何度も何度も検証され、人から人へ伝えられてきたもの。確かさは勘ではなく、直観でなければならない。直観とは物事の奥行きや積み上げと真剣に向かい合う態度とそれを真面目に実践することだと思うのです。

天文学が科学として独立することができたのも、人類の想念の進化であり、それゆえに正確なチャートを得られる技術や科学が確立したのでしょう。だから、技術を利用するにもその背景への敬意(リスペクト)を基本に据えることは大切で、それは技術を紡いだ想念との共振を図るものであり、その技術のもとのもと、1つであったものに立ち戻るルートと思われるのです。精神性を科学で裏打ちすることと科学にそもそもの精神性を据えることの両方向が求められている時代にあると思います。それを一言で言えばリスペクト、それはヒトが人間になってきた原動力でもあると思うのでした。

そんなわけで勉強中です。1つ1つのエフェメリスデータを調べ、鉛筆で書き込み、ラインを引く。
星読み勉強中
驚くほどそこから得られる情報がありました。何事もやってみなければ分からない。基本の大切さを実感しました。亀の歩みだけど、1つ1つ学んでいこうと思います。

計算機と鉛筆で得られたチャートは手持ちのアプリで答え合わせ。便利です。合っていると嬉しい。
るなせんとりっく
ついでにこのアプリ、ホロスコープ(ジオセントリックチャート)だけでなく、すべての惑星を中心に設定できることを発見(っていうか、使ってなかっただけ)。この図はルナセントリック。面白いです。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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