ひみつ

宇宙の火・水・土(ひ・み・つ)。

捉えることのできる宇宙、すなわち三次元世界を構成する側(陽)とそれを成り立たせている法則(陰)があるとして、その順番は陰陽、陰がもとにある。

太陽はなぜ燃えているのか?
「重力によって水素原子核(陽子)が核融合を起こし、その連鎖反応が・・・」という説明は、太陽が「どのように」燃えているのか?に対する答えであって「なぜ?」の答えにはなっていない。

科学的説明というのは、「どのように」を見事に説明し、またどのように具合も、どんどん深まっていっているが、それは捉えられるもの(陽)を説明する法則(陰)のつながり方を見える化しているということだから、陰そのものを説明していることにはならない。なぜ?という問いかけは、そもそも法則や存在(陰)がなぜあるのか?という1つの問いに収斂することになる。

なぜ?に答えられるとしたら、どうなるのだろう。

「どのように」は純然たる道理の世界であり、量子力学でいう電子の挙動ですら、人間の感覚的常識からは想像もできないのであるが、数学的に記述できる数理の連結によって、見える世界が成り立っているのだから、まず数理が陰の実体が現実世界へと影響を及ぼすときの基本となる実体という捉え方をするのが自然な思考ということになる。ここまでは数理で迫れるのだから、そこまで行ってみてからその先を見渡せば良いのかもしれない。その際に便利なのは、数理への理解が不十分であっても、思考はそれをその都度補いながら、その少し先まで考えられるということだ。

物理とは異なる体系から思考し、どんな関係にあるのかを考えてみたら有益かもしれない。思考パターンの数だけ世界があるのではなく、1つの世界を色々な切り口から観ているだけなのだから、捉える角度がいろいろあっていい。

火が励起エネルギー、水が量子場として、その結び付きの結果もたらされる量子が土だと捉えてみる。こういうのは形而上学という。それは空想ではなく、道理を導く思考体系である。これを科学と合わせることで、「どのように」から「なぜ?」へ迫れるのかもしれない。

その場所の量子場の存在の仕方は、ものの形や空間の構成によって決まり、変化が変化を引き起こしていく。太陽系が太陽系であるから、太陽の位置には核融合反応が起こるだけの重力が生じる。星々が全て関連しあっているから、太陽系は太陽系になったのだ。極論を言えば、月があるから太陽が燃えていると言っても間違いではない。もちろん時間軸でみたら、太陽が生まれたから月があるのだが。

分からないが確かに実在している。実在しているから道理はあり、道理をもたらしている「なぜ?」がある。
そして、それを思索する存在として人間がいる。そもそも人間の存在自体が道理からもたらされており、それは人間は「なぜ?」に源のある存在ということを意味している。人間はこの世界は確かににあると知っていて、それは自分の実在を知っているということである。私たちが自分の存在を疑わないということは、この世界の実在を信じているということだ。私たちが宇宙の一部であり、それ故に思考する仕組みがあるとしたら、思考しているのは宇宙自体が思考する仕組みになっていることであり、人間は分散型コンピュータ(シミュレーション機能付き)ということなのだろう。

分からないけれど、生きている。
信じる心で、生きている。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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