原因に生きるということ

わたわたがとっているテネモス関連の菅原克行さんが発行しているメルマガからの引用です。今、タイムリーだなと思われたのでシェアしようと思います。テネモス国際環境研究会の飯島さんとメルマガ主の菅原克行さんとの対話から。自然農法にも通じるし、木の花の大事を大事とする生き方、農の会の目指す農の姿、信州ぷ組に何のために集っているのかにも共通していると思いました。

以下引用
---
先日、テネモス財団の飯島秀行理事長とお話ししているなかで、
「やり方を教えることは、良いこと? 悪いこと?」という話題になりました。

もちろん、この時の目的は、
「原理を普及していく」「意識の変革を起こしていく」という場面においてです。

言葉、文字にするのは、少し難しい感じもするのですが、
テネモスのご縁ですので、このままお伝えさせてくださいね。

「やり方を教えることは、損失を生む」分かるかな?

本当の利益はなんだろう?

結果を得ることなの?
原理を使いこなせるようになることなの?

結果に生きることなの?
原因に生きることなの?

いかがですか。

結果を求めている人に、結果を渡すと、一時的に喜ばれそうですが、結局は、その結果を求める生き方が広まることになれば、創意工夫は生まれず、ただただ消費する、衰退するだけの世の中が広まり、俯瞰して観ると、損失だけでしかない。

という観方になります。

よくよく考えれば、これは受け取る側も、与える側も、本当に求めていることではないですよね。

とても深く考えさせられました。


では、その反対はどのようにしたらよいでしょうか。
「なぜだろう? どうしてだろう?・・・なるほどそうか!」
というふうに、興味や疑問、問題事項を、みずから手を動かして、やってみたときに
はじめて得られる、実感をともなった納得へのプロセスを提供すること。

「なぜだろう? どうしてだろう?・・・なるほどそうか!」へのプロセス。


---
以上引用終わり。

わたわたの自然農法も畑によってやり方が違うのが当たり前(=自然)だと思っています。でも原理は1つです。それぞれの現場・その状況に合わせること、すなわち土=生態系を生かすことが原理。
人と人との関係も自然の営みから観たら同じような原理がある。それが成立する背景や流れや役割があって、その場面が生まれている・・・そう捉えたら、その背景やその状況が生み出そうとしている方向にしたがって自らの役割を見出すこと。そこにその人が担うべき個性はあっても我を張る必要はない。我がダメなのではなく、活かしどころを知れという捉え方ができると思います。瞬間にそう捉え、洞察できるどうかはまさに修行なのですね。捉え方とはテクニックじゃなく、まさに生きる姿勢のこと。心して行こうと思いました。

コメント

コメントフォーム

  • URL:
  • 本文:
  • password:
  • 非公開コメント:
  • 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

わたむすび

最新記事

プロフィール

わたわた

Author:わたわた

わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示

カテゴリ

月別アーカイブ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。