不条理という道理

人は生まれてくるとき、ある種の課題を設定してそれに相応しい場所、環境、時間に生まれてくるのだろう。その人が生まれる前からこの世界は存在しており、様々な縁の縦横のつながりからその人が生まれるわけだから、先祖からの遺伝子の系譜もあろうし、様々な人間関係のなかで両親が出会うという横の関連から生まれるものでもあろう。この世界の縦横の振動・振幅が大きく重なる時・所に、志願して降りてくるとも言える。

それは世界の都合でもあり、自らの選択でもある。名前は自ら着けたものではなく、両親やその親や親戚の誰かやお寺の住職さんや神主さんなんかが着けたのかもしれないが、その名前をもらうことによって、自らは自らを認識するのである、自分というものは間違いなく自分で自分と認識できるのに、実は人がその名前で呼んでくれること、その名前をもらって育ってきたことによって自分になるのだ。

名づけとは「命名」。命の名前。この命が生きているということは、名をもって生きていると分かるのであり、名づけは人から、つまりこの世界の縦横のつながりからもらうものであり、役割としていただき、自ら選択して来たとも言えるのだろう。運命は決まっているのではなく、この命の運び方。主役は運び主である自分であり、自分とはこの世界との関係のなかで形成されるもの。どこまでいっても自分だけの自分勝手はできなく出来ているのが面白い。

今、目の前にある大半の人間関係やそれを生み出している自分のなかにある癖や性分というのは、ある意味生まれる時点で自ら設定してきたものである。その設定があるからこそ生まれたとも言える。日常生活では、感情を通して、日々自分が何に反応するのかを確認することができ、それはその都度自分を理解するための働き(仕組み)なのであるが、ふつう人はその感情を丁寧に観ることをしないから、感情をのままに生き、時にその中に飲み込まれてしまう。

誰かとぶつかったり、不安になったり、怒ったりと、他人や社会が悪いように思えることでも、その状況に自分がいること自体が、実は自ら選択していることなのだ。物事や自分史の経緯を辿っていくならば、生まれる時点で、この生ではこういう設定でいこう、こういう学びの人生をおくろうと想定していたこととも言えるだろう。その時の気分や機嫌の良し悪しで行動したり、人の気持ちや物事の背景を考えずに、思いついたことをただ口にするような人は自己中心的と呼ばれるが、実は何のために自分がこの世界いるのか、自分とは何であるのかを出来事や感情から観ていくという視点は全くないのであるから、「自己」すら認識していないのである。

でも本当に想定していない出来事、ハプニングがあるとしたら、いや、きっとあるのだけど、それは自分でも認識していない自分の何かを浮かび上がらせる働きであったり、ある意味全部想定内とも言えるこの生を飽きさせないための仕組みなのかもしれない。
光の雨
だから想定内のことはもちろん、より多くの学びとなる想定外だなという出来事や出会いに対しては、特別にありがたいものなのである。ありがたいとは在り難いのだから。

交差点で、自分が優先している道路を走っていた。交差する道路に1台車が近づいていた。こちらが優先なのは分かっているが、何故かスピードを緩めながら進入していったら、その車は標識を無視して止まるどころかスピードを上げて進入してきた。減速していた上に気づいてブレーキを踏んだから良かったものの、目の前を悪びれもせずに当然顔で横切っていく運転者をみて、一瞬怒りの感情も湧いたのだが、同時に「まぁ世の中そういうもの」と妙に納得してしまった。

わざわざ事故をもらうことはないが、ここで事故になったらなったで、それは何かにつながっていくことかもしれないし、そういう理不尽や不条理という形をとって、人間の物語は展開していくという道理なのだろう。ここで怒って、「何考えていやがるんだ!」という人も多いのだろうが、じゃ、そういう自分は何考えていたのかと問えば、運転のことだけ一途に考えていたのではなく、この後の作業の段取りとかも考えていたわけだから、大きな差があるわけじゃない。怒るより、そういう不条理なことがあっても、すぐに心を切り替えるなり、自己チェックするなりした方が有益だし、道理を活かすことにもなるだろう。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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