貴重な出会い、貴重な時間

5月4日、わたわたは、東京の清瀬市まで日帰りして、恩師柳下登先生(東京農工大学名誉教授、ピートン育成者)のピートン栽培講習会のお手伝いをしてきました。清瀬の農家さんから借りている畑には、木の花ファミリーに委託して育てられ、丁寧に梱包されたピートンの苗が届いていました。つい先日、木の花で見てきたピートン苗をリレーするようにわたわたが清瀬で植えているのって不思議でした。

ピートンとわたわたの出会いは大学生の時だから20年以上前です。その後の数々の出会いを経て、木の花と柳下先生とがつながって、こうして苗がやってくることになっていることに妙なる縁を感じました。同時に複数の時間が交錯していると思いました。

作業をしているときに、わたわたは思いついて、苗を1株いただいて帰り、長野でわたわたが分系を進めているピートンと比較したり、交配したりしたらどうかと柳下先生に提案しました。
そして「そうか、今日はこの苗たちに呼ばれて、このために来たんだな」と思いつつ、同時にもう1つ気づいたことがありました。

わたわたが、柳下先生に「先生、先生!あのピートン苗ですが・・・」と話かけた時です。

大学を卒業したのは20年前だけど、わたわたには相変わらず「先生」って呼べる人がいるんだなってこと。

もう1人いた恩師の平田豊先生は一昨年に亡くなられてしまったけど、柳下先生はまだ健在。でも、いつまでこうやってお手伝いやら情報交換させてもらって、一緒に歩めるのだろうと思うと、本当にこの瞬間がどんなに貴重な時間なんだろうかと思いました。「先生!」って呼べるのって、何て幸せなことなのだろう、有り難いことなんだと思ったら、涙が出そうになりました。

帰り道、車の中で改めてその気づきを深めました。

貴重な出会い、そして貴重な時間。

それは柳下先生のみならず、誰に対しても、常にそうなんだと思います。
人や物事との出会いを、その瞬間瞬間を、真剣に生きることです。

人が生きると書いて人生というけれど、今、自分で自分と認識している意志が現世に生じる以前からこの世界は存在し、宇宙の運動〜地球の運動の一過程として、自分は存在している。縁をもらい、縁を表現する役割として人は存在している。つまり人はその始まりからしてこの宇宙の活動のもとに生かされている存在。

この世界は、始まりからずっと変化し続け、いくつもの物語が関連しあって地球生態系(自然)も人の社会も歴史をつくってきた。そんな自然や社会のなかで、自らが何者であるのかを自己認識するという特徴を持つ生き物として人は、この世界の仕組みの発展のなかから生み出された。人が存在するのは、この世界の意志と言っても良い。この世界の意志として、人は生かされている。

ならば、人の生きる目的とは、この世界を体験し、そのなかで人とは何か、人が自己認識する「心」というものを学んでいくことではなかったか。

喜怒哀楽のなかに翻弄される心、怖れと安心とを味わい、怒りと優しさを知り、経験をもとに心を成長させていく。そして心とは何なのかを宇宙(天)に情報として返していく。この地球上に降り立っている理由は、生態系や社会における変化変容を通して心を学ぶことでした。どんな経験も、挫折も、喜びも、悲しみも、全部、全部この三次元世界にいる間の貴重な体験なのです。

教材である体験に飲まれて人生終わりじゃなく、魂=基本情報の端点とすれば、肉体を返したのち、振り返りの時間(こまかな情報が離れて行く時間)があり、魂の旅はずっと続きます。振り返りとは、何をしたかではなく、どう心が変化してきたか、経験から何を学んできたのか、その道筋を問い直し、それらの情報の集合体が天の情報として次の縁や約束を生み出すことなのでしょう。

そうやってこの世界には新しい出来事や出会いが用意され、また次に降ろされる魂も決まっていく。それが想いがこの世界をつくる絡繰りでした。だから、体験を怖れたら、目的を達成できない。変化変容を自ら選択していく生き方こそが、この世界に降ろされている想い・原理に応えていくことだったはず。

今の目の前の出来事やこの出会いがどこにつながっているのか、それはその時には分からない。
野火止用水と水道道路
ここ清瀬への道は、ナビでは志木街道を行けと出るけれど、この野火止用水横をはしる水道道路を使った方が混まなくて早い。それをなぜ知っているのかと言えば、大学時代に自転車で府中と茨城の生家との間を往復したことが何度もあったから、その時に覚えた道なのだ。でも20数年前に、今日こうしてここを車で走っているとは想像もつかなかっただろう。

この世界はそんな絡繰りが三次元、四次元に組み合わさって出来ていて、その担い手として、人や星々も関連しあって、影響しあって、次の展開を生み出していくようにできている。絡繰りや法則が先にあって、その委託を受けた役割として自分がいるとしたら、なんでそれを放棄できるのだろう。

人ひとり、日々1日の何て重大なことなのだろう。出会い1つ1つをどれだけ大切に思えるか、それは自分事であって自分事ではない仕組みになっている。

気づけば、大学時代に柳下先生から、進化論や遺伝学を学び、ピートンの実験に参加し、みんなで喧々諤々議論して、学ぶことの楽しさを知ったことも全部ここにつながっている。

そうやって生きて役割をいただいていくことそのものが、この宇宙の意志に沿っていくことであるとしたら、なんて有り難い世界なんだろう。何をしても、何があっても有り難い。そこで辛いとか怖いと思えることがあったら、それこそ心の学びであり、その過程を知り、変化とは何かを天に持って帰ることが現世に降ろされた目的なのでした。
夕焼け130504
「思い出したかね?」

はい。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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