本当はもう知っていること

勉強というのは、何かをただ記憶するということではなく、強く勉めること。勉めるというのは、努める、つまり力を尽くして事に当たるっていうこと(テネモステック飯島さん)。
・・・・確かに。これを受けて思ったことを書いてみようと思う。

努めることは、力を尽くして事に当たるっていうこと。努めるは、務めることであって、相応しい役割を果たすことだと思う。

良く言う「(自分の)勉強になります」っていうのは、そのことに学んで自分の役割を果たしていこうと思いますという決意表明なんだね。そして自分の役割というのは、自分の欲ってことじゃない。やりたいことをやるだけなら役割とは言えない。自分のやりたいことが、どこから発しているやりたいことなのかが大事。誰とも何とも関わらない自分だけのためのやりたいことって実は存在しない。例えば「ひとりでのんびりしたい」っていうやりたいことがあったとしても、それは誰かや社会との既存の関係があるから、「ひとりで」という発想が存在できる。ずっと一人でのんびりし続けたいのか?と問えば、そうではなく、その後の何かが自分のやりたいことの本音。つまり、やりたいことというのは誰かや何かとの関係をどうにかしたいってことなんだろう。

では、どうにかしたいってどういうことか? ・・・・ここで初めて我欲なのか、役割なのかが問える。誰かに勝ちたかったり、意のままにしたかったり、自分を顕示したかったり、自分を誇示したかったり、そんな自分事から発しているやりたいことというのがあったら、それは勝ち負けの世界。それを叶えても誰も喜ばない。そもそも勝ちたいとか誇示したいっていう思いは、自分がつくったものだから。自分でつくった幻を追いかけていけばいくほど、苦しくなる世界。虚構の優越感だけが支えで、現実感が湧くわけがない。そのための勉強とは、自分で決めた勉強メニューを自分に勤めるよう強いること。それが勉強であるというのも自分でつくった幻。ネット検索して情報集めても、自分のイメージにあうものだけを拾ってくるだけ。知識を得ても自分を疲弊させてしまう勉強。

やりたいことが、誰かや何かとの関係をどうにかしたいっていう思いであって、それが役割であるということとは何か。家族の中で、人の縁の関係で、地域の中で、社会において、自分の存在や生活、活動が果たしている役割を果たすということ。そしてそういう役割とは本当の喜びということ。周囲との関係の中で自分が生かされ、活かされることは、本当に嬉しい。それは人と人との関係がつくる現実の世界。勝ち負けはなく、共生の世界。そのやりたいことは、必ず適う。相応しく適うことが役割。

人々の役割が集まって、人類全体の存在や活動が、地球上の全ての存在の中での人類の役割になっていて、さらに人類を含む地球上の全ての存在の関係全部が、地球っていう星が表現しているメッセージになっている。突き詰めたら、自分の役割は地球にとってどうなの?ってこと。現実には地球じゃ大きすぎてなかなかイメージできなかったら身近に考えてみる。周囲との関係で、相応しい役割を果たすことってなんだろう。そのためにすること、みること、聞くこと、覚えること、話すこと、食べること・・・全てが勉強になるね。


自分の役割に気づいていくと、役割という発想は、自分を含む全体を意識した時に、自分の位置づけや歩みが認識できる発想だということに気づく。

つまり全体の流れに沿うことを意識した自分がいるのは、自分は全体意識を知っているということ。そして自分の個性とは、全体意識の中で自分の役割を認識するためにあるのだと気づく。これが個の意識(個性)が存在する理由。

全体意識が1つの絵だとしたら、個人の意識は、全体意識がぼやけた色むら模様でなく、絵としてくっきり見えるために必要なもの。各個人がそれぞれを表現して1つの絵をつくっている。

個としての自分は全体の構成要素なので、実は本来的に帰属するところを知っている。役割を知っている。それは本当は自分の中に全体像をもっているということ。忘れていることが多いけどね。

だから全体意識へのアクセスは天に向かって祈ることじゃなく、自分の中に全体像がどうであったかを思い出すことでいい。本来は誰にでもできることなんだろう。
それは個のレベルでもできるのだろうし、個と個とがコミュニケーションすることはより全体像へのアクセスを容易にするのではないかな。誰の中にも同じ全体像があるから、やりとりしながら、それを思い出すだけ。
自分の中を深く見ていっても全体が見えるし、外と深くコミュニケーションしていっても自分の中が見えてくる。
個々は同じ全体像をもって役割分担している。

本当は全体で1つ。ワンネス。あなたは私、私はあなた。

勉強することは、本当はもう知っていることを思い出すだけ。
自然の法則は、人間が作るんじゃなく、始めからある。
それを思い出すだけ。全体像に描いてある。
絵のままじゃ言葉(言霊)として使えないから、表現し、伝え得る形にすることが発見や発明。

集い語り合え、みんなで1つになって。
そうしたら、どんなことでも分かるよ。
それはもう知っていることだから。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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