世のもの自分

わたわたは畑作業や研究の仕事のほかに、職場で育成した品種の有償頒布のための受注発送や在庫管理システムを作ったり、会員名簿の管理や出張伺い・報告書のデータベースを作ったりしています。どこで覚えたのかといえば、こういうの出来ないかとか、ないと困るという状況に当たって作っているうちに身についたものなので、その能力というのは、わたわたのものというよりは、わたわたの周りの環境のたまもの。言ってみれば、この世界の持ち物だと思っています。1つ取り組むたびに出来ることや工夫が増えて、より精度の高いものができるようになってきたので、様々な情報が形になってみんなの共有のものになるべくして、自ずから整理されてきたように見えるわけです。わたわたはその媒体だなっと。自分で生きて選んでいるように見えるけれど、本当は、自分は自分を含む様々な情報や関係のなかに生かされていて、そのなかで役割をやってきたのだと思うわけです。人は活かされることで生きているっていうのが、この世界のカラクリなんじゃないかと思うのです。

さて、今年に入ってから、職場の組織や人がかなり変わり、旧来の出納関連のシステムが使いにくくなり、そのメンテナンスや変更ができる人が異動してしまったことから、新たに作る必要が出てきました。そこでわたわたの出番でした。まぁ、自然な流れだなと思いました。5,6月に集中して取り組み、ここ数日でまた集中して修正をしました。本来の業務分掌から言えば、わたわたの割り当てを超えているし、もっと的確に割り切った指示がでれば仕事しやすいのだけど、そういう状況判断がないものだから、空気を読んでやっているつもり。実際、良いものが仕上がっていくので流れになっているなと思うのだけど、そんな仕事しなくていいという人やわたわたの趣味でこだわっているって思っている人もいて、人によって状況の捉え方は様々だな、人間の視野の持ち方というのは面白いものだなと思います。

自分をいったん離れて、自分を含む人や情報の絡み合いを上から眺めてみて、そのなかでの人の動きを軌跡として眺めてみると、「そこをスルーしちゃうのはおかしいだろ!」とか、「なぜそこにそんなに留まるんだ?」とか、人の動きは面白いほど不効率に出来ていることが分かるでしょう。

また、上から見ていれば、近づくように軌跡を描いて動いているもの同士が予定通りに出会っただけなのに、「すごい偶然の出会いで・・・・」とか、「たまたま出会っただけなのに、友人の知り合いだった」とか、自分から見える地上の視野というのは人生をドラマチックに見せるために死角が多いように出来ていることが分かるでしょう。

生きている限りは人生にはまり込んで、自分の視野で世界を判断し、自分の関心やこだわりにしたがって生き、思いっ切りドラマの役者を演じきるのも良いと思いますが、出来れば「演じきる」という視点があった方が良い役者になれると思います。物語や映画の世界のなかの住人は、それだけが現実です。もし生まれたときからそのなかに住んでいる人がいたら、その人は役者とはいえず、ストーリーに翻弄され、「はい、カット!お疲れ様でした」と言われるまで、自分が役者であることも分からなかったとなってしまうでしょう。

実は現実の世界が壮大な物語。この世界は自分も含めて作られているシナリオがあり、自分の演じている役があるという気づきがあると、つまり自分を上から見おろすことができると、演じる自分に対して、ここはしっかりはまり込んでその状況を感じ味わい感情を込めた表現をしようとか、そこにこだわって長々やるよりは、ストーリーの展開を早めて、見ている人を飽きさせないようにしようとか、物語にもっと躍動感を持たせようとか、演出家からのアドバイスが出来ると思うのです。

人間には、想念のなかで、自分を何段階にも分離して自己認識・状況認識を行う能力があるのです。

生きているとなかなか視野を上におくことが出来ないことがありますが、活かされているという意識があると、「今、こういう役回りで良かったっけ?」とか、「ここの展開をまどろっこしくしているの誰さ、あれ?自分じゃん」とか、その都度自分の視点を引き上げるきっかけは得られるものです。そして、こうした意識を上にもっていくトレーニングは瞑想やお祈りのなかで行われるものではなく、日々の仕事や生活で、活かされて生きてることを実感することで成されるものです。奇跡的なことや偶然に見える出会いも人が動くことよってもたらされます。人が動くことは、働くこと。働きとは役割なのです。日々の生活で出てくる様々な感情とこの世界、その状況における自分の役割の関係、トレーニングのポイントはここでしょう。
この世界に人が軌跡を描き、軌跡が波紋を起こし、その振幅の重なりが事を起こしていきます。人を星々に置き換えれば、それは宇宙、銀河の誕生や進化で働いている作用と同じです。その構造が想像できる人間というものは、役者であり、演出家であり、監督であり、観客にもなれる存在であると言えます。誰もが役者であり監督でもあるなら、総監督はこの世界そのものです。この世界の打ち出したテーマに沿って物語は展開しています。想像力は創造力。この世界、三次元的にはこの宇宙。宇宙が生まれた時点で託された物語のテーマは創造です。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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