雪かきは心の修行


今日は大雪の雪かきから始まりでした。朝一で家の前を雪かきし、職場の雪かきへ向かいました。もちろん車で行った方が早いし楽だけど、駐車場も雪でいっぱいだろうから、少しでも車を少なくした方が良いと思って歩いて行きました。

職場に着くとたかぼーさんが、トラクターにつけた除雪ブレードでガンガンと雪かきを始めていました。わたわたと同時刻についた同僚たちとで手押し部隊も雪かきを開始しました。雪かきって、不思議といろいろと気付きが生まれるのです。

今日の気付き。雪かきは心の修行になる。

各人が思い思いに雪かきしているととても効率が悪いので、全体を見ながら、それぞれが動く必要がある。周りを見ながら動けない人には声かけをする必要もある。途中で車で入ってくる人を誘導したり、ある程度雪がどいたら、車を移動っしてもらったりと、時間やスペースを考えて動いて行く必要がある。機械でできるところは機械に任せた方がいいけど、機械の動く向きを考えて雪を集めておく必要があったり、機械の邪魔にならないようにキビキビうごくのも大事。

そんなことを思いながら、周りを見渡し、声かけをして、効率良く、みんなの安全を見守りながら作業しました。
そして粗方おわったところで、今度はダラダラとならないように、少人数の仕上げ部隊を残して、おおかたの人には勤務に入ってもらうよう促しました。
流れよく、爽やかに作業ができて良かったと思いました。

と、いうのも・・・

昨年までだと、わたわたは雪かきが好きなのだけど、みんなで一緒にやるのが苦手でした。全体の流れを見てて、動けてない人が目に入るのと嫌になる。そういうのを気にしすぎる自分を見るのも嫌。実は声かけが苦手なのです。
そこには「どうして周り見て動けないのだろう」とイライラしたり、命令したり仕切ったりしているみたいに受けとられたらやだなと思う自分がいました。

でも、今は違います。

自分を見つめたら、それは自分は正しいという傲慢さであったり、相手のせいにする自分であったり、嫌われたくないという自分守りから来るモノなのでした。誰かに至らないところがあれば、相手のためを思うなら教えてあげればいい。それができないのは、相手を認めたくないという心があるからです。そうまでして自分を保護して、いったい自分は何をしたいのか? 自分の喜びはそんな頑な守りの中にあるのか? そんな自分が一体誰の役に立つのか?

そんな自分はポイしました。要らない。や~めた。

他人からどう見られるかを気にするのは、人を信じない心で物事を考えるからです。他人あって、自分が映し出されるのです。映っているのが自分なら、何を信じないのかということ。但し、自分が正解ではない。正解探しをしても答えはない。答えはコミュニケーションのなか、全体の流れが答え。信じるのは自分ではなく全体の流れ、そのために自分は役割を任されているということ。

協力してやろうという心になれるのか、なれないのか、今日早速試されました。声かけすることができるのか、できないのか、これも試されました。ちょっとだけうっとしたけど、難なくクリア。それはとても爽やかなのでした。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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