トマト定植

今日はトマト90株ほどを定植しました。露地栽培です。
定植し終わり、株もとのかん水も終えると同時に雨。ラッキーでした。
トマト定植120525
昨年のダイズ跡地にライ麦を播き、1週間前に地際の部分より若干深い位置に鎌を入れて刈り倒してあります。
ここの畑は畝を固定し、基本不耕起で無施肥ですが、耕起しないとか施肥しないとかにこだわりがあるわけではなく、しなくても十分に育つので、不要なことをしないだけです。雑草は削り取ってますが、あまり生えないし、大きくなののが遅いので生えてから対処しても間に合います。

どうしてそうなるのか? それはそれが成り立つ仕組みがあるから。
自然にそうなる必然があるだけ。

雑草のタネはあるけれど、発芽しないとか大きくならないとか、害虫種はいても害を出さないとか、EC100以下でも作物は育つとかは、作物と土の関係が作物が力を発揮できるようになっているから。

それは作物自身がつくる仕組み・流れ。作物に適した土の仕組みをダイズからライムギに引き継いでさらに発達させ、トマトに引き継ぐ。作物によって仕組みや流れを形成する力には強弱や得手不得手があるから、得意なことはどんどん伸ばし、不得手なことは手助けしたり、無理にやらせない。その手助け加減がいわゆる農法になり、やり方を間違えば雑草害や病虫害になるだけでどちらも同じ仕組み。故に、いわゆる農法というのは、この環境における一連の作付けの流れの一部・一過程であって、やり方の一部だけを抜き出して何々農法と名付けて人に普及することはありえないと思うのです。誰が考えてもそうでしょ。

風土により、季節により、履歴により、作付けの度に農法は異なることが自然。自ずからの当たり前(当然)なのが自然。それは制約を受けるということではなく、流れに沿って発想し、組み立てよという親切な手ほどき・分かりやすい示唆があるということ。全く自由な世界だと思います。

あちらは有機農法でこちらは自然農なんて表現はとても荒い見方=狭い視野に自らをはまり込ませることになると思います。そもそも慣行農法などという農法も存在せず、一軒一軒農家に尋ねたらみんなやり方違うことが実態。特定の作物の特定のやり方を大括りで地域慣行っていう表現をしていたら、慣行農法って言葉が一人歩きしてしまっているのが正確な経緯じゃないかな。

ここのトマトに元肥は要らないのだけど、どうしても施肥をしたいなら、施肥を前提にした組み合わせに変えればいい。苗の大きさやライ麦の処理の方法を変更したら施肥が必要な組み合わせになるから。無限に組み合わせは生まれるのが自然なのだから、特定のやり方で農法を区別するのはもう止めたらいいと思います。自然農法は農法ではなく、全ての農法は自然農法の一部です。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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