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思いを馳せる

育種ハウスで今年栽培する系統を選んでいる。昨年も40系統くらいを栽培し、今年に向けて選抜をした。昨年で中止にしたものもあるし、採種はしたけれど、優先順をつけていくと、取りやめにしてしまう系統など色々出てくる。そんな風に多数の系統を吟味するなかでファーストトマトについて考えている。
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昨年、ファーストトマトにはそこそこの株数を割いたが、どうも良いものが出た感触が薄い。もちろん夏秋栽培に適していないことは分かっているけれど、それでも何か止めてしまおうって気にはならない。何かまだ見えていないものが隠れているような、何かに気づく鍵があるのかもしれない、漠然とそんな気がするのだ。

その昔、兵庫県で行われた自家採種に関わる会合で、兵庫県の方から、兵庫のトマト在来種「オランダ」が愛知ファーストの元になった品種と兵庫県の方から聴いたことがある。兵庫県の在来種を紹介したwebサイトによると摂津の農家で栽培されていた「トライアンフ」(オランダと同種異名)という品種が昭和11年に愛知県豊橋市にもたらされ、改良されて昭和13年にファーストトマトと命名されたという。「オランダ」兵庫県でググると、伊丹市で今でもオランダを栽培し、直売している人のリポートなどが見つかる。いくつかのweb記事から見える兵庫県で栽培されている「オランダ」は、果実、茎葉の感じも愛知ファーストにそっくりなので、この話は本当だろうなと思う。ちなみに伊丹市での栽培は露地栽培。

ここまでは良い。しかし「オランダ」あるいは「トライアンフ」ってなんだろうと思って更に調べると、なかなか難しいのだ。オランダっていうのは舶来のものという意味らしいので、来歴を辿るヒントになるのは「トライアンフ」なのだが、triumphで検索すると、bulgarian triumphに行き当たる。ブルガリアの在来種? いくつかの海外の種苗サイトをみたが、写真によっては果実の子室構造なんかは似ているけど、葉の形状や花房の付き方はだいぶ異なるものが多い。果実の大きさ60-150gで果皮色は赤らしい。ファーストは濃桃色なので別品種のように見える。赤果皮ものも桃色系と交雑すれば2年で桃色は分離はしてくるかもしれないが、いきなり品種にはならないから、兵庫のトライアンフはbulgarian triumphではないのかもしれない。

もっともbulgarian triumph自体もブルガリアから直接世界に広がったのではなく、アメリカに渡った移民が持って行ったものが、アメリカの園芸家に紹介されたものだという説明もあった。兵庫の「オランダ」が欧州から来た品種なのか、アメリカから来た品種なのかは分からない。アメリカから来た品種にbulgarian triumphも入っていたのかもしれない。そして農作物によくあるのは、トライアンフという名前だけが異品種に移ってしまうという現象。「ササゲ」という名前でインゲンや本物のササゲがあるのと同じ。また多種類の品種が同居していれば交雑や取り違えも起こり得る。当時摂津周辺で栽培されていた「オランダ」(という名前だが、複数の品種が混ざっていた可能性あり)のなかに、交雑や取違えにより「トライアンフ」という名前になった濃桃色系統があり、それが豊橋に導入され、2年ほどかけて温室栽培に適した系統が選抜されファーストが誕生したということなのかもしれない。

舶来の「オランダ」トマトの正体はなんだろう。いくつかのwebサイトではファーストトマトの来歴について、アメリカから導入されたポンデローザから選抜されたとある。確かに果実は似ているのでそうかもしれない。アメリカから導入された「オランダ」っていうのも何か引っかかるものもあるが。ところで当時(昭和10年・1935年頃、第二次世界大戦前の大正デモクラシーの時代)アメリカから導入されたポンデローザって今入手できるポンテローザ(今はなぜか濁点がなくなっている)と同じなのかは不明なのだ。
というのも、Ponderosa っていうのは、アメリカのシードセイバーズエクスチェンジのwebサイトの記載によると1891年に育成されたとある。またredって付いているが、本当の果皮色は不明。もともとPonderosa scarletとして知られていたものだとも書いてあるので、実際はもっと古くからあった品種らしい。古い品種が広がる過程で多様なタイプ、選抜系が生じていたとも想像される。そのなかのどれか1つだけが導入されたっていうよりは、Ponderosa品種群が入ってきたと考えた方が自然だろう。

そもそもponderosaって1891年以前は何だったのだろう。名前から想像されるのは、ponderosa → pomme de rose、フランス語でバラのリンゴ。もしくはピンクのリンゴという意味になる。もともとフランス語のトマトはpomme d'amour(愛のリンゴ)だから、その桃色果色系統をpomme de roseと呼び、それが訛ってponderosaになったのかもしれない。もしそうならフランスから導入されたものか、フランスからの移民がアメリカに持ち込んだ品種が元なのかもしれない。
シードセイバーズエクスチェンジの他のトマト品種の記載でも、18世紀から存在するものは多数あり、また移民が持ってきたものも多数ある。ponderosaもtriumphもこの時代に出会っていて、一緒に日本にやってきたというストーリーはどうだろう。推察の推察でお伽話だが、トマトは18世紀から19世紀にかけてアメリカで多様な品種、実用的な品種が急速に生まれており、それは欧州から持ち込まれた品種が新天地に適応したためであり、その変異の拡大は、異品種の出会い・交雑に由来するであろうことは想像に難くない。これはキャベツでも同じようなことが起きている。サクセッションキャベツはアメリカ生まれなのだ。

ファーストトマトの来歴の物語を辿って行くことは、知識にはなるが栽培や育種にすぐに役立つものではないという考えもあるかもしれない。
しかし、わたわたは考える。ファーストトマトが今その姿であることは、その奥に連なっているものとともに表現されているのだと。
そこへのリスペクトがあって、その品種・系統の本質に迫れるし、栽培も育種も奥にあるものからのヒントが導けるのだろう。
「知」とは、矢と祝詞のこと。物事の本質を突き、そのものを生かすこと・真摯に向き合うこと・その存在を知らしめる誓いのことなのだ。果実に説得力が出るっていうと意味分からないけれど、背景を知っている人の言葉には重みがあるっていうのと同じじゃないかなと思うのだ。そもそも何故私たちは経緯を求めるのか、知るということの本質は、今をどう観るか、どう表現していくか、今どうあるのが自然なのか、っと、自分の世の中に対する向き合い方の芯(内なる自然)を立てたいということにあるように思うのだ。

神話を知って星にイメージが湧くように、マテリア・メディカのイメージを知って症状や人柄からシミリマムが思い当たるように、物事の物語を知ることは過去に時空間に放たれた試行錯誤の波、あるいは関係を結ばれた縁の糸に思いを馳せ、今が何であるのかを浮かび上がらせていくってことなんだと思う。
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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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