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龍神さま

これは11日から12日にかけての体験です。支援活動に来てから、天気に恵まれています。翌日が前夜から大雨という予報になっていたとしても、夜の間に上がってしまうというのが2回ありました。福島、山形、岩手、青森は雨なのに、宮城だけ晴れ。宮城も雨が降り出しても、石巻周辺だけ降りだしが遅れ、作業・片付けが終わってから雨になるとか。通り雨はあったのだけど(後述)、ちょうど支援者のお家でお茶をしているタイミングだったので雨を避けられたとか。わたわたの出張では昔から良くあることなので、それ自体は珍しいことではないのだけど、何かいつもと違う感じを受けました。

雨は降らないけど、毎日風が強い。EMが吹き戻されてちょっと難儀したりしましたが、ちょっと風のふきかたが違う。強い風が突然止む。そしてまた吹く。だいたい毎日変な形の雲を伴った風でした。

そう言えば、通り雨の日。朝出発するときに、烏がじ~っとこちらをみていたのです。その時、ふうっと、これは八咫烏(やたがらす)だな。という感じがしました。何かありそうだなとは思ったけど、運転もあるので、意識を向けるのはそれまで止まり。

その後、石巻市内で何件かのEM撒布依頼のとりまとめをしてくれている人の家で打ち合わせをしました。家に上がって、お茶を入れてもらっている間に外に目を向けると、また烏がいました。じ~っとこちらを見ている。

何か近づいているぞって言われた気がして、胸騒ぎがしました。そして烏が飛び去るとその直後に突風と通り雨がありました。

打ち合わせが終わると同時に雨が上がり、作業は滞りなく終了し、大崎へ帰りました。帰り道、同行職員とあの雨はなんだったんだろうねなどと会話をしていると、頭の中に「そなたが挨拶をしないからだ」という声が聞こえてきました。

え? わたわたのこと????

とりあえず「失礼しました。」と声を返したものの、
その時は声の主は分かりませんでした。

その日の夜遅く、宿舎へ戻って、駐車場から家屋まで歩くホンの十数メーターで、「もういいね」って思いが湧いてきたので、
それに合わせて、わたわたは指をパチンと鳴らしました。

そして家屋に入るやいなや、土砂降りの大雨になりました。

これって? 何? やはり何かあるな~っと思いました。

翌朝、やはり変な雲があって、太陽の色も少し変です。光彩が出ているのか、そら全体に細かな虹が分散している感じ。わたわたは空に向かって、「もしかして金神さまですか?」と訪ねてみましたが、そうだとも違うとも答えは返らず、
そのようなものというようなぼんやりした答えでした。

そのようなもの・・・・・。
「そのようなもの」から湧いてきたイメージは龍でした。
もしかして龍神さまが舞って(待って)居たのかなと思い、
「龍神さまですか?」と聞くと、言葉ではなく、やはりぼんやりとそのようにも言うだろうというニュアンスの答えでした。

そうでした。わたわたは東北に来ていたのでした。東北にはあの神さまがいらしたのでした。あの神さまは龍(風の神)となって舞い、天の気を司っておられたようです。但し、なにせ龍なので、加減が出来ず、大風になってしまうようなのでした。

わたわたは、「お世話になります。私は何かの使いとして来たようなものなのに、挨拶が遅れ、大変失礼しました。よろしくお願い申し上げます。」と答えたのでした。

ほとんど神話ですが、これは実話です。
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東北は光の地に



今、東北に日本中、世界中の善意が集まっています。善意とは無償の愛です。ただただ相手のことを思い、皆の幸せのために自分を使うことを言います。多くのボランティア、公共団体や企業が救援に来ており、街中の渋滞の中でも災害支援車両や他県ナンバーで地図を見ながら走っている車が優先されたりといった心遣いが当たり前の光景になっています。わたわたもだいぶ助けられてました。

震災から2ヶ月経って一定の復旧の進んでいる地域では、皆さんが復興に向けて明るく歩んでいる姿があり、こちらが元気をもらいました。どの家も床板を上げ、畳を入れる準備をし、家具や家電を買い揃え、生活サイクルが同調していました。EM撒布をしていると、隣近所から声かけがあり、どの家もほぼ同じような状況であることから、うちもお願いしたいという話になるのです。

現地を案内してくれているOさんは元市役所職員なので顔は広い方でしたが、Oさんを知ってはいても、話をしたことのない人も、今まで知人ではなかった人も知り合いになり、縁の薄かった隣人同士も声を掛け合い、それぞれの事情を知り合い、助け合おう、分かり合おう、つながろうという動きが加速度的に増していることを感じました。

同じ地区で、震災からの2ヶ月という時間・生活サイクルが一致することにより、そこでは心(想念)が同調しているのです。支援隊メンバーも共同生活を通して心が同調し、分かり合っていきましたが、被災者もまた時間軸方向にともに一致した生活、復興への思いを共有することによって、見えない世界では心の交流が生まれているのだと思いました。

被災地は地域が緩やかな大家族、コミュニティとして再生しつつあるのでした。
祈りや宗教における形式(型)というのは、それに参加する人々の想念を一致させ、光を降ろしてくる手段、集合意識にアクセスする方法の1つです。心理科学においても人間の深層意識は全てつながっていると言われており、これはカルトではなく真理を応用する技術と言えます。被災地における復興に向けた想念の共有は何をもたらすのでしょうか。それは薄れていた地域コミュニティが再生するだけにとどまらないでしょう。善意を信じる心が再生し、人と人との関係がどれだけ大切であるかに気づき、自分は生かされていることに気づくのでしょう。

認識のレベルは個人差があるとしても、心を明るくする光は想念を抱く全ての人に伝わるのです。心の動きに合わせて、脳内では分子が運動し、化学反応が起き、ある想念に対応した脳波を生み出します。脳波は脳内の電気の流れパターンですが、電気がある形に流れれば、電磁場のゆらぎパターンができます。その電磁場パターンにしたがって電子や原子の微振動(スピン)も影響を受けます。ゆらぎパターンは電子スピン磁気共鳴によって離れた場所でも同じ構造をしているところへ同じパターンを伝えます。こうしてゆらぎパターン(想念)は、同じ構造で出来ている人間を伝わっていくのです。

ある一人の人が善意に満たされた心になれば、意識するしないに関わらず、想念のどこかを共有する周りの人も自ずと心が前向きになり、お隣に声かけしようという心持ちになるのです。物理的に被災者全員に支援の手をさしのべることは不可能であっても、関わり合いになった被災者と支援隊との心の交流、善意を届けることが出来れば、そこが発信基地(ひな形)となって、同じような境遇の被災者に、その善意は広がるのです。その想念の伝わり方は、空間方向にも時間方向にも波(波動)として伝わりますから、振幅の重なりの濃い部分と薄い部分が生じます。濃い部分を宗教では霊線と呼ぶのでしょう。そしていくつかの霊線が重なり、振幅が大きくなったところが現象化するのです。

わたわたの職場における一見バラバラに動き、場当たり的とも思えたこれまでの支援活動が、実はつながっていて、支援活動の各班の動きはどんどん効率的につながるようになり、たくさんの偶然がありました。偶然ではなかったのですね。

これは宗教系の活動あるいはEMに限った話ではなく、東北全体、特には沿岸部被災地に集まる善意が被災者や支援者の皆の心の交流を通して、光の発信源になっていることを意味していると思います。他のボランティアへ参加した人々も、日常へ帰った後も善意を共鳴させて、その先へ伝える中継基地となることでしょう。

わたわたたちの支援隊が泥出しやEM撒布で復旧をお手伝いできるのは数軒ですし、炊き出しによる笑顔の数も限られます、しかしそこに心の通い合いのひな形が生まれることは、全体の光を増し、波の重なりを増やし、光を伝播させることになります。1軒の個人宅の片付けも大面積のガレキ除去も同じ価値なのです。

これは宇宙の原理であり、意識しなくても同じ価値であることに変わりはありませんが、地球上に人間がいる意味を掘り下げる観点からは正しく認識することが大切と思いました。

東北は今、光を降ろす場、人類全体に光を届け、地球を光の星に換えていく基地になっています。地球を光の星に換える働きをしていると思います。

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Author:わたわた

わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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