カボチャ定植



今日はカボチャを定植しました。ウリ類は地上部よりも地下部が先に伸びるので、地上部が見た目に立派になる直前に植えるというのがわたわたの考えです。本葉2枚で根が一応周って根鉢を崩さずに抜くことができるようになったらできるだけ早く植え付けます。ポットにはまだまだ余裕はありますが、そのポットの養分は活着や初期生育に使ってもらって、根張りを優先させたいわけです。

今年は元肥ゼロです。昨年は踏み込み温床由来の落葉堆肥で窒素成分2kgを作付一ヶ月前に鋤込みしましたが、今年は本当に何も入れてない。さて、どうなるか。

但し、昨日までの雨で相当土がたたかれていたので、植え付けエリア1m幅の部分に特製EM液を撒布して、多少微生物に刺激を与えてみました。
つかったEM液は、以下の通り。

水1Lの中に
・EM活性液100ml/平米
・光合成細菌液10ml/平米
・糖蜜10ml/平米
を加えたものを1L/平米で撒布しました。

EM活性液0.1Lを1平米にまくと、0.1mmに相当する。これが現地の土壌水1cmの厚みに分散したら100倍。このくらいの濃度だと、微生物には結構刺激になるだろう。
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倒伏


台風の大雨でライムギが倒れた。キャベツ跡地のライムギだけど倒れたのは昨年秋に比較試験のために化学肥料を使った場所。秋のキャベツ終了時点でECは低下していても、後作のライムギを過剰に生育させてしまうということは、何らかの形で残っているということ。ライムギの作付に当たっては当然無施肥。一度入れてしまったものは抜けない。ECではどんだけ翌春に影響するかは分からない。一時的な有機化があるのだろうから、例え硝酸態窒素の実測をしても無駄だろう。春の施肥を減らしてコントロールも何も春に施肥なんかしていない。施肥を前提にした技術というのは、地力とか有機化と無機化の同時進行といった概念が欠けていると思う。不合理な技術だなってつくづく思った。

化学肥料を合理的な技術と考えるむきは、化学肥料に対して賛成/反対双方の立場からある。反対する人は人間の合理的な考え方そのものを批判する人もいる。どちらも違うだろう。そもそも合理的でない。部分的に特定の成分を足すことはできても引くことはできない。入れてしまったあとは土壌生態系のなすがまま、人間はそれを制御できないんだから。

土を使う限り、どんな栽培様式であっても作物は基本的に土壌生態系で育つのであって、施肥は補助なのだ。制御しようとするのではなく、経験や観察、勘、閃き、伝承、化学的データ全てを駆使して、推察し、栽培管理の全ての要素を組み合わせて、土の生態系に合わせるのである。施肥で制御するという発想は間違いであり、施肥という補助手段を否定するのも偏っている。

施肥の本質は肥料そのものを効かさないこと。作物と周辺生態系との物質の流れ・生物活性を高めること。結果として作物が旺盛な生育をするように使うこと。これは成分を余らさないことでもある。

施肥を肥料を施すことと定義するなら、草や藁やカヤを敷いたりすることは施肥ではないと言うこともできる。しかし施肥の本質から言うなら、作物と周辺生態系とのパイプを太くすることや生物活性を高めることを通して、有効に作物が元気になるのであるから、化学肥料なのか、草なのかというのは手段や経路の違いでしかない。施肥の本質から言ったら、化学肥料の成分を直接作物に吸わせるというのは、作物の緊急避難的な養分補給法として以外にはあまり合理的な側面がないだろう。化学肥料も土壌を介して結果として効いた方が良いのだ。土壌を介さないで効かせることだけを追求していったら、生産基盤の土が壊れる。土を壊す使い方は不合理の極みであって、この場合、不合理な使い方を続け、土壌環境の維持をしてこなかったことが問題の本質であって、化学肥料が悪いわけではない。悪い点といえば、土が壊れていく途中においても、とりあえず作物が育ってしまうことくらいだ。

芯が小さい




畑のトマトは定植後いきなり台風由来の大雨だけど、倒れずに立っていた。まぁ、一応がっちりした苗になったから、そのくらいの力はあるだろう。今日、余り苗をあらためて観察すると、一見良くなったかに見えたトマト苗だけど、やはり芯が小さい。鉢上げまでの徒長気味の生育、鉢上げが早すぎたこと、そして鉢上げ後の甘やかし気味のかん水が影響している。根量も全体に幾分少ないが、質的に最初の徒長した分岐の少ない根とその後に水を絞ってから形成された分岐の多い後発の根が共存している感じ。根にも頂芽優勢があるので、最初に出た徒長根の存在が後発の直根の伸びを抑えてしまっているようだ。後発の根の多くは分岐の多い側根なので、花芽の充実や果実の発育には良いが、茎葉を上に上に伸ばしていく力が出にくい。低段花房の着果と果実肥大は良いが、4段以降で茎が細り、生理落下が多くなりそうな感じがする。芽かきや誘引の適正な方法、特に伸ばすべき芽と切除のタイミング、追肥のタイミング、1段目の着果数のコントロールが必要だろうな。

わたわたは、苗で分かるので、対応はできるだろう。

しかし、この苗質の原因をつくった担当者には分かるまい。言葉で伝えても分からないだろう。それが分かるなら、最初からこうはならないから。まして今年初めてトマトをつくる研修生にはもっと分からない話になる。

本当に今年は自分が今まで伝えてきたことの結果をいただいているなと思う。

言葉での理屈の説明は角度を変えて散々やってきた。問題が起きて対処する術も理屈を交えて実演してきた。しかしそれは自分で納得していただけなんだな。ここの職場のものにはなってない。技術のソフトシフトを目指してゆるやかに技術とその元になる作物や土の見方を伝えてきたつもりだったけど、わたわたがやることでトマトは育ったけど、人は育っていなかったということ。自ら育たない人にも問題はあるが、人を育てられないわたわたに問題を見る。

わたわたの中に、
「こういう言い方をすると、気を悪くするかな」
「不満を持たれたくないな」という思惑がなかったか。

広い視野、長いタイムスパンで物事を捉える道志として、ともに学び合う仲間としてつきあっていきたい。という思いは純粋にある。これは大切なことと思う。
しかし、わたわたの中には「高圧的に受けとられて嫌われたらやだな」という臆病があり、相手に迎合したがる自分もいる。伝えるべきを伝えても同時にガス抜きしてしまう自分があったのだ。

結局、相手とどうなりたいのかという根本において、ともに学びあう仲間の環へ誘っていくという誠の思いと、自分を嫌って欲しくないというみみっちい弱さとが同居してしまっていた。

さらに言えば、そのみみっちい弱さというのは、本来、相手に誠を尽くすことと相容れないもの。

嫌われたくないという思いの根本は人間不信だからだ。本当に人間を信じていないから、表面の言動から相手を推し量り、勝手な相手像をつくり、その虚像を相手と思い込んでご機嫌を取ろうとする。

大事なことは未来につながること。今、機嫌を損ねるのかどうかはとても小さなことなのに、1番を1番にせずに4番や5番を優先していたのではないか。
人が育つために自分はどんな環境であればいいのか。そして自分をその環境と一体にしていく。思惑とは自分の思惑ではなく、環境全体の思惑であればいい。

芯の細いトマトから、芯の太い生き方とは何かを教えられた。ぶれずにやっていきたいと思う。
さしあたり、今年のトマト栽培、どうしようかな。

ç


すごい雨。台風並みっていうか、これ台風だったたらーっ(汗)。雨あしが強くなって気圧が下がっているらしい。体のあちこち痛い。動かない。う~。でも畑心配なので、見に行こう。池になっていても何もできないけど。

台風って大綿津見の神さまのことなんだな、きっと。

パブコメ

とあるメーリングリストよりの情報。モンサント社およびシンジェンタ社、ダウケミカル社が遺伝子組換え作物の菜種、とうもろこし、綿の第1種使用(=開放圃場での商業栽培など)の承認を農水省に申請し、農水省がパブリックコメントの募集を始めたという情報。
http://www.maff.go.jp/j/press/syouan/nouan/110523.html

で、パブコメは下記から入力可能とのこと。
https://www.contact.maff.go.jp/maff/form/b3da.html
意見・情報の提出の締切日は平成23年6月21日(火曜日)

で、わたわたもコメントを送ったので、その内容のシェアです。

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承認に反対です。最近、土壌環境中にはウイルス以外に植物や土壌微生物由来の核酸物質が蓄積し、一部は遺伝物質としての活性があり、土壌微生物に取り込まれるなどの動きがあることが分かってきています。生物遺体(作物残さ)-土壌-微生物間の遺伝物質の動きに関して、我々はその全容が分かっていません。植物の遺伝子組み換え自体が完全な制御ができるわけでもなく、生物工学の安易な実用化は慎むべきです。

また食糧問題や農業コストの改善には社会構造の見直しや環境経済学的観点からの社会コスト計算という取り組みが必要であって、GM作物による栽培法が必須といった技術問題ではないことは明白です。

食糧の安定供給に資する作物育種に関する技術課題としては、作物品種を地域の生態系に合わせるためのローカルな育種こそ必要であり、世界企業の開発する少数品種による作物品種の多様性の貧相化はこれに逆行します。使用申請の不承認を徹底することにより、開発企業は品種開発の方向性を地域農業の応援や品種の多様性の増進に向けていくことが期待されます。企業活動に対して単なる規制をするのではなく、地球環境や人類全体の幸福を鑑みて在るべき方向へ企業の活力を向けていくことが重要です。不承認は未来の企業活動の在り方を決める1過程であると考えられます。日本の自然・生態系、それと深くつながる地域農業に禍根を残さぬように対応していただきたいと思います。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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