農の会定例研究会

1/30-31に農の会定例研究会がありました。今回のテーマは「結い」でありました。作物の育て方でも、農と食、農家と消費者の関係でも、そのあり方というのは、作物や家畜あるいは農とその周囲との関係(結い)で決まってきます。栽培技術1つとっても、育苗だけの栽培というのはないし、施肥だけで栽培が成立するわけでもなく、それぞれの技術が、どのような生産を目指すかという考え物もとにひとつながりになっている必要があります。

栽培の基本は、その作物の本性がそもそもどんなものであるかにあります。作物の本性というのは長い歴史の中で積み上げられて成立してきたもの。つまり生物の進化、人との関わり合いの所産であると言えます。

このように考えると、生物は決められた遺伝子配列を忠実に実行する自動機械ではなく、主体性を持ち、常に他の生物や無機的環境とのつながり、互いに依存し合いながら、生きる努力をし、自らのあり方を変化させてきた存在であると見えてきます。自分自身は全く自分自身のために生きれば良い存在でありながら、そのこと自体が他の命の存在基盤になるという宿命をもっている。他の生き物の存在なくしては自分自身も存在できず、このルールがあるからこそ生き物は進化し、多様性を増してきたと言えます。

このような生物観の基礎を築き、博物学を生物学に導いたのは、ダーウィンでした。ダーウィンは生き物の多様性は、その生活スタイル(エサや住処や活動時間や生殖行動など)の多様性に基づいていることを見出し、そうした生活スタイルの多様性というのは、他の生き物との関係において決まってくることを発見しました。そしてそうやって環境条件が違うところで生活することが進化の原動力になることに思い至り、生き物が進化するという学説を打ち立てました。ダーウィンの時代にはまだ「種」(しゅ)という概念が十分に成立していなかったのですが、今日で言うところの生き物同士の共生関係などを調べていくうちに、ある生物が、他の生物にその存在条件を大きく依存していることに気づき、こうした生きるための努力は、ことなる生物(種)との間に強く成立していること、それがその生物(種)を特徴付けることを強調しています。

しかし一方で誤りもありました。それは「食糧増産速度より人口増加速度の方が早いから、人類はいつか餓える」というマルサス人口論をそのまま生物に当てはめてしまった考えです。すなわちある生物(種)の中の個々体は、同じ食べ物や住処をめぐって激しい競争になる。その結果適者生存が起こるという説です。野生生物を眺めると、確かに種内競争はあります。しかしそれは適者生存のための手段の1つに過ぎません。競争があるから適者が残りうるという絶対条件ではない。ある生物の真の競争相手は、他の生物種や環境条件であって、種内競争というのは、そのための1場面・1手段です。実際は種内協力・共同があり、環境に応じて弱者を活かすことで種の多様性を維持している例がたくさんあります。個体の強い弱いではなく、生物は種として生き残るために環境に応じた種内関係を作っています。しかしダーウィンが機会的に人口論を当てはめてしまったために、後の世において、この適者生存のための競争というのが、弱肉強食と解釈され、今日で言えば勝組負け組を作る社会こそが健全であるといった根拠にもなってしまいました。これは誤りです。まずダーウィン自身が間違っているし、それをダーウィンの考え方と理解する方も間違っている。本質はそこではない。

今日の研究会での基調講演は「競争社会の今、ダーウィンの競争原理を問う」という内容でした。詳しくは上記のような内容でした。そして農業に関わる生物というは、このような人間との依存関係によって成立してきたものであり、そうした生物の歴史を栽培や育種の根拠にした農業を組み立てていこうというものであったと思います。

関連報告では、ぷ組組長のドッひー。さんから土づくりや整枝技術をひとつなぎに考えるスイカ栽培の報告。都市農業と市民との接点を求める活動をしているBさんからの報告、農業青年と学生や消費者との交流事業を通して農への理解を深めてもらう活動をしているKさんの報告などがありました。

わたわたも1日目の基調講演を聴いて、自分の取り組んでいる「キャベツの有機栽培」の研究に於いて害虫や雑草が出たり出なかったりする栽培方法というのが、キャベツと他の生物(害虫や雑草)との依存関係をどのように作り上げるかと捉えることができるのではないかというミニ報告をさせてもらいました。

総合討議の時間がなくて残念だったのですが、今日の農業は育種や栽培が個別技術化してしまっており、生き物の育て方の全体像を描き、その中での個別技術の役割や生きる力とのつながりが考えるということがなくなってきています。しかし部分だけで生きている生き物はいないのだから、やはり丈夫で健康な作物や家畜を育てることというのは、全体を見ることなしには難しい。農家を取り巻く世界もしかりです。そういう意味で、ダーウィンの視点、それぞれの生き物の主体性を持つ存在であり、同時にお互いに依存しあって(つまり利他的に)生きている。その関係ゆえに自らを変革しながら進化し(自己運動性)、多様性を増してきた。というのは、生き物の見方としても、人類の進化としても普遍性があるだろうと思いました。
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蕪揚げ


細々ですが、まだ露地畑で蕪が収穫できます。何度か雪の下になっているけど、ゆっくり育ちの蕪はまだまだ食べられる。聖護院、百万石(金沢青蕪)、黄金カブがまだいけます。今日の夕食はフライで食べました。Namiさん作。青のり衣、カレー味衣、にんにく醤油と3色ありました。どれも美味しかったけど、にんにく醤油味は蕪とは思えない濃厚な味でした。

やはり土そのもの


土に乾燥緑肥(トウモロコシ茎葉)を水で戻したもの1t/10a相当を混ぜ入れて、直ぐにレタスを蒔きつけてみた。緑肥の効果もあるにはあるが、やっぱり土そのものの違いが大きい。作物が良く育つ畑の土(左から4列)と作物の育ちが悪い畑(右2列)では全然違う。特に緑肥を鋤込んだ行(真ん中の行)で土の違いが大きく出ている。緑肥を鋤込んで作物を育てるには、当然鋤込みからタネまきができるようになるまでの養生期間が必要になるのだけど、土によっては、緑肥鋤込みによる悪影響が出にくかったり、大きく出たりするということなのだろう。ちなみに化学性(ミネラルバランス、有効態リン酸)は右2列の方が良く、左4列は石灰/苦土比や有効態リン酸が要改良レベル。右2列は化学性が活かされない、作物を育てる機能が低いということなのだろう。

農業技術交換会


信州ぷ組農業技術交換会が25-26の日程でありました。会場は安曇野市明科の長峰荘で一泊二日。8名(果樹4、野菜・花4)から発表があり、その後、技術論を中心にいろいろな議論をしました。25日は正規の討議時間は夕食1時間を挟んで夜9時まででしたが、その後の自由討議になると、農業話はさらにつきることなく、とうとう午前2時。今日はかなり寝不足です。
元々ぷ組は品目も経営も地域もバラバラなんだけど、それぞれの取り組みをまとめてみてもらって、改めて、それは単なるバラバラということではなく農業で生きていく、仲間とともに成長するというぷ組に集まる共通の想いみたいなものの中での視点の多様性であると感じました。誰かの発表に対して、自分の意見はあっても、それは決してそれを受け入れないとか否定するとか、延々と持論を展開するということではなく、自分に新たな視野を与えてくれるものとして受け止める。発表者自身も人に説明すべくまとめることで、自分のこれまでの歩みをまとめる機会になり、自分の理解している中身が分かる。自分視点でしか考えなければ、「こんな園芸の教科書に書いてあるみたいな発表しても知ってる人には知ってる話だし、他作物の人には知らなくていい話」と終わってしまう考えに陥りやすい。しかし実際は教科書ではこうだけど、自分のところでは違うやり方だった。それはこういう理由でそうしているという発表だと、自分が教科書や自分の畑の状況をどう捉えているのかを知ることになり、聞く方には基本技術や理論を応用する視点がとても勉強になる。聞く方も話す方も勉強になって、こうして発表会をやる意義とか、お互いの成長過程を確認し合いながら伸びていきたいという想いが共有できたように思いました。良かったなぁと思いました。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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