元肥なしでカボチャを育てる

うちのカボチャは元肥なし、追肥もしないで育てています。結構育つもんです。いろいろポイントはあるものの、1つは苗の大きさや植え付けのタイミングが重要と考えています。
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こんな若い苗で植えています。6cmポットに移植して5日間以内の育苗日数。
若い苗は必要な養分は少なくて済むし、直根がどんどん伸びるので、本葉が4枚くらいになるころから肥料が入っていなくてもどんどん草勢が出てくる生育になる。

ちなみに欠株を捕植するためにちょっと大きな9cmポットに移植して、本葉3.5〜4枚くらいまで育苗してから植えると、植えてからしばらくは動かない。老化苗ではなく、いわゆるいい苗なんだけど、いい苗じゃダメなんだ。
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畝間に緑肥を生やしたり、元肥ゼロだったりは、後々のカボチャの生育の助け=栽培の手段と考えて取り入れており、無肥料を目的にしているわけではない。但し、そのような初期生育環境でもカボチャが難なく育つためには、カボチャ自身の力を活かす栽培方法の組み上げが必要なのだ。

栽培全体を考えずに形だけ肥料を入れないとか、草を生やして刈り敷きするとかやってもたぶんうまく育たない。カボチャの特性、その地の土の特性、その時季の特徴を踏まえ、そこで育つことが当然な状況が現場に現れるように種々の技術・技芸を組み合わせて1つなぎの農法に紬上げるのが自然農法なんじゃないのかな。肥料や農薬というのは手段・ツールであってそれさえ使わなければ、自然農法なんで考えは不自然だろう。人間の使う手段で線引きするのではなく、現場で何が起きているのか、カボチャがどう育っているのかに即して技術を組み立てることが、最もシンプルな、自然な考え方といえるだろうう。

果実内発芽

茄子のタネは出来るだけ果実内で熟させた方が良いので、果実丸ごと越冬させ、冬のどこかでタネにしています。
が、例年忙しくてタネまき直前に果実を割ってタネを取り出すパターンが続いています^^;
今年もご多分に漏れず、雨水前になってタネを出してましたが、

なんと!

穂発芽ならぬ果実内で発芽している!

茄子の果実って種子を休眠させる物質を含んでいるので、果実内にある限り、果実が腐りでもしない限りは発芽しないものとタカをくくっていました。

そういえば、果実は家の中でも最も暖かいところに置いておいたのでした。
そりゃ、タネっていうのは、植物にしてみれば出発点ではなく、胚発生から途中休眠している状態だから、温度や水分が適度なら発芽するってことなのか。子葉が緑化しているものもあったので、果実内に透過した光でも葉緑素の誘導もできるのでした。

驚きでした。


水やりも育土

今日は立春。暦の上での春の始まりですが、今日はリアル気温も春のような1日でした。こういう日はすかさずハウス内の作物たちにかん水です!スナップエンドウ、ルッコラ、小カブ、あぶらなにかん水しました。

そして収穫の終わったあぶらなのハウスにもたっぷりかん水。
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だいぶ乾燥が進んできていたので、本当に水やりできてよかった。
トマトの残根や茎葉の残さなどがスムーズに土に還るには、土壌生物の働きが欠かせない。生きものが生きて生活するから物質循環がおきます。トマトならトマト、白菜なら白菜が一定のリズムで育ち、また土に帰っていくサイクルがあるとすると、それに伴って土の生き物たちも生活し、これがぐるぐるつながっていくことで、トマトなり白菜なりは作りやすく成っていく。その1コマ1コマに生きている生きものがいる。その生きものの活動を止めず、健やかに過ごしてもらうために必要な条件の1つ、それは水です。

土が乾いてくると、ミミズなどの生きものは土の深いところに潜って活動をやめたり、乾燥が酷い場合は死んでしまったりする。だから生きものが生きられるように土は乾かさない方が良い。土の生きものを活かしつづけるひとつなぎの働きかけ、それが育土です。

雨続きとダイコンの間引き

今年は9月中旬からほとんど晴れが続かず、雨ばかりです。8月末に植え付けたキャベツは当初乾燥続きでなかなか活着せず、最初の1週間はかん水に手を焼きましたが、あのカラカラの日々が幻のよう。
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9月5日播いたダイコンは順調に生育しています。雨続きで間引きが出来ずにきていましたが、ようやく間引きができました。写真は間引き前の様子ですが、3株から1株立ちにしています。
カボチャ跡地を連続で使用するマルチ栽培なので、3粒まきで初期生育させて、間引き1回で1本にします。
秋野菜は堆肥も使わない無肥料栽培ですが、ポイントは間引きまできるだけ大株にし、ダイコンの葉でマルチ穴が見えないくらいにし、1本1本も少々の風では倒れないくらいにしっかりしてから間引くこと。生育をよく観察し、ダイコンの力が充分に高まったら、間引きをするだけで充分に大きく育ちます。
これは特に雨が多い年は重要です。早く間引いてしまうと、雨で土が固まり、土と根が呼吸できなくなってしまい、根が土に働きかけて養分を生み出していく力が失われます。3本の矢よろしくダイコン3株が力を合わせて初期生育することで根と土が互いに土壌生物の住処ができる関係を築き、結果として養分が生み出され、雨にも負けない生活圏ができるのでしょう。そしてそれは適期の間引きで残された1本が引き継いでいくという流れです。

昔、無肥料草生栽培(畝間・通路に牧草や雑草が生えている畑での栽培)をやっていたころはマルチを使わないので5粒播きし、1回目の間引きで3株、2回目で1本にしていました。この場合は雑草もダイコンの周りに生えてくるので除草も必要ですが、ここには間引きの鉄則がありました。

まず播種前にはしっかりタネまきする場所は除草しておきます。発芽後、ダイコンのすぐ近くは丁寧に除草。除草を終えてから、畝間の草生帯を低く刈ります。
2日ほどすると、ダイコンがぐっと伸びてくるのが分かります。競合相手の草生の力が刈り込みで低下したことで、ダイコンが勢力を拡大せんと力を出してきます。

そうしたら間引きです。5株→3株、3株→1株の時に2回繰り返します。
そして1本立ちにしたあとは除草や草刈りは基本的には不要です。収穫期に入ったら、畑に入りやすくするために草刈りすることもありますが、生育促進のための草刈りは要らなくなります。ダイコン自体が周囲の草を抑え込んで育つので、勢いにのるダイコンの近くは雑草もあまり伸びなくなるのです。

これを逆にやったらダメです。ダイコンが混んできたから間引きついでに除草。それから草刈り。これは絶対ダメ。ダイコンの勢力を弱めてから、敵の力を削いでも、多勢に無勢となり、ダイコンが逆転できません。
今年のように雨続きで作業が滞っているときは尚更です。まず表面を草かきで丁寧に中耕除草して、酸素を供給し、ダイコンの呼吸を助け、次に草刈りをして、刈草でダイコンの周囲をうすくマルチ。ダイコンの勢い増加を確認してから間引きです。肥料を使わずに作物と土の力だけで育てるということは、根と土の結びつきを作業を通して高め、ダイコン自体が周囲の環境を使いこなす力をつけるように導くということです。

これは不耕起とか草生栽培、無肥料栽培だけの話ではなく、実は、有機でも化成でも肥料が入っていてもいなくても同じなのです。タイミングや雑草との関係がずれるだけで、観点は同じです。そして、どこがどうずれるのか、技術のポイントはどこになるのか、それを見越して働きかけしていく所作が農法になります。

だから、何をどう作ったって自然農法なんです。地球農法と言ってもいい。そこにどんな自然があるのか、人は何をしたらいいのかが違うだけ。読み解く姿勢は一緒でいいはず。目の前の作物(自然)を前にして、あるいはこの地球の上に立って、人の役割は何かと考え、日々を生きること。それを自然農法と呼びたい。だから地球上の農法で、自然農法でない農法はないはず。自然農法とは姿勢のことだから。そしてすべての農法は全部地球農法なので、やり方の違いで区別するのは自らの情報整理のためであって、差別のためではないですね。お互いの違いがリスペクトし合える農の時代を目指したいと思うのです。みんな違うから皆同じ。

長月朔日・天秤新月の日に。

思いを馳せる

育種ハウスで今年栽培する系統を選んでいる。昨年も40系統くらいを栽培し、今年に向けて選抜をした。昨年で中止にしたものもあるし、採種はしたけれど、優先順をつけていくと、取りやめにしてしまう系統など色々出てくる。そんな風に多数の系統を吟味するなかでファーストトマトについて考えている。
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昨年、ファーストトマトにはそこそこの株数を割いたが、どうも良いものが出た感触が薄い。もちろん夏秋栽培に適していないことは分かっているけれど、それでも何か止めてしまおうって気にはならない。何かまだ見えていないものが隠れているような、何かに気づく鍵があるのかもしれない、漠然とそんな気がするのだ。

その昔、兵庫県で行われた自家採種に関わる会合で、兵庫県の方から、兵庫のトマト在来種「オランダ」が愛知ファーストの元になった品種と兵庫県の方から聴いたことがある。兵庫県の在来種を紹介したwebサイトによると摂津の農家で栽培されていた「トライアンフ」(オランダと同種異名)という品種が昭和11年に愛知県豊橋市にもたらされ、改良されて昭和13年にファーストトマトと命名されたという。「オランダ」兵庫県でググると、伊丹市で今でもオランダを栽培し、直売している人のリポートなどが見つかる。いくつかのweb記事から見える兵庫県で栽培されている「オランダ」は、果実、茎葉の感じも愛知ファーストにそっくりなので、この話は本当だろうなと思う。ちなみに伊丹市での栽培は露地栽培。

ここまでは良い。しかし「オランダ」あるいは「トライアンフ」ってなんだろうと思って更に調べると、なかなか難しいのだ。オランダっていうのは舶来のものという意味らしいので、来歴を辿るヒントになるのは「トライアンフ」なのだが、triumphで検索すると、bulgarian triumphに行き当たる。ブルガリアの在来種? いくつかの海外の種苗サイトをみたが、写真によっては果実の子室構造なんかは似ているけど、葉の形状や花房の付き方はだいぶ異なるものが多い。果実の大きさ60-150gで果皮色は赤らしい。ファーストは濃桃色なので別品種のように見える。赤果皮ものも桃色系と交雑すれば2年で桃色は分離はしてくるかもしれないが、いきなり品種にはならないから、兵庫のトライアンフはbulgarian triumphではないのかもしれない。

もっともbulgarian triumph自体もブルガリアから直接世界に広がったのではなく、アメリカに渡った移民が持って行ったものが、アメリカの園芸家に紹介されたものだという説明もあった。兵庫の「オランダ」が欧州から来た品種なのか、アメリカから来た品種なのかは分からない。アメリカから来た品種にbulgarian triumphも入っていたのかもしれない。そして農作物によくあるのは、トライアンフという名前だけが異品種に移ってしまうという現象。「ササゲ」という名前でインゲンや本物のササゲがあるのと同じ。また多種類の品種が同居していれば交雑や取り違えも起こり得る。当時摂津周辺で栽培されていた「オランダ」(という名前だが、複数の品種が混ざっていた可能性あり)のなかに、交雑や取違えにより「トライアンフ」という名前になった濃桃色系統があり、それが豊橋に導入され、2年ほどかけて温室栽培に適した系統が選抜されファーストが誕生したということなのかもしれない。

舶来の「オランダ」トマトの正体はなんだろう。いくつかのwebサイトではファーストトマトの来歴について、アメリカから導入されたポンデローザから選抜されたとある。確かに果実は似ているのでそうかもしれない。アメリカから導入された「オランダ」っていうのも何か引っかかるものもあるが。ところで当時(昭和10年・1935年頃、第二次世界大戦前の大正デモクラシーの時代)アメリカから導入されたポンデローザって今入手できるポンテローザ(今はなぜか濁点がなくなっている)と同じなのかは不明なのだ。
というのも、Ponderosa っていうのは、アメリカのシードセイバーズエクスチェンジのwebサイトの記載によると1891年に育成されたとある。またredって付いているが、本当の果皮色は不明。もともとPonderosa scarletとして知られていたものだとも書いてあるので、実際はもっと古くからあった品種らしい。古い品種が広がる過程で多様なタイプ、選抜系が生じていたとも想像される。そのなかのどれか1つだけが導入されたっていうよりは、Ponderosa品種群が入ってきたと考えた方が自然だろう。

そもそもponderosaって1891年以前は何だったのだろう。名前から想像されるのは、ponderosa → pomme de rose、フランス語でバラのリンゴ。もしくはピンクのリンゴという意味になる。もともとフランス語のトマトはpomme d'amour(愛のリンゴ)だから、その桃色果色系統をpomme de roseと呼び、それが訛ってponderosaになったのかもしれない。もしそうならフランスから導入されたものか、フランスからの移民がアメリカに持ち込んだ品種が元なのかもしれない。
シードセイバーズエクスチェンジの他のトマト品種の記載でも、18世紀から存在するものは多数あり、また移民が持ってきたものも多数ある。ponderosaもtriumphもこの時代に出会っていて、一緒に日本にやってきたというストーリーはどうだろう。推察の推察でお伽話だが、トマトは18世紀から19世紀にかけてアメリカで多様な品種、実用的な品種が急速に生まれており、それは欧州から持ち込まれた品種が新天地に適応したためであり、その変異の拡大は、異品種の出会い・交雑に由来するであろうことは想像に難くない。これはキャベツでも同じようなことが起きている。サクセッションキャベツはアメリカ生まれなのだ。

ファーストトマトの来歴の物語を辿って行くことは、知識にはなるが栽培や育種にすぐに役立つものではないという考えもあるかもしれない。
しかし、わたわたは考える。ファーストトマトが今その姿であることは、その奥に連なっているものとともに表現されているのだと。
そこへのリスペクトがあって、その品種・系統の本質に迫れるし、栽培も育種も奥にあるものからのヒントが導けるのだろう。
「知」とは、矢と祝詞のこと。物事の本質を突き、そのものを生かすこと・真摯に向き合うこと・その存在を知らしめる誓いのことなのだ。果実に説得力が出るっていうと意味分からないけれど、背景を知っている人の言葉には重みがあるっていうのと同じじゃないかなと思うのだ。そもそも何故私たちは経緯を求めるのか、知るということの本質は、今をどう観るか、どう表現していくか、今どうあるのが自然なのか、っと、自分の世の中に対する向き合い方の芯(内なる自然)を立てたいということにあるように思うのだ。

神話を知って星にイメージが湧くように、マテリア・メディカのイメージを知って症状や人柄からシミリマムが思い当たるように、物事の物語を知ることは過去に時空間に放たれた試行錯誤の波、あるいは関係を結ばれた縁の糸に思いを馳せ、今が何であるのかを浮かび上がらせていくってことなんだと思う。

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わたわた(いしわたかおる)です。料理と野菜を育てることが大好きです。何気ない日常も全てこの地球の表現の1ページ。生命と進化の星、地球を表現すべく、日常の1つ1つに心を込めて「生きる」をやっていきます。

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